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躁鬱と私の生活は続くよ

双極性障害Ⅱ型と診断されてから何かが色々と変わった私の生活と自分のこと、そして日々思うことを徒然と。

平凡と非凡

はいどうも、こんにちは。

せっかく会社の担当Kさんが
「今日は週一で来てくれるカウンセラーさんが来る日だから、気楽に病院に来る感覚で来てみては?」と誘ってくれたのですが、
行く前にエチゾラムを飲んでフラフラ&お眠になり行けず…。
嗚呼、カウンセリング受けてみたかった。
まぁちょっと出るに出れない心情でもあったんだけども。

やっぱり午前中はまだ可動できない!
どんなけエンジンかかるのが遅いんや!

ま、それはともかく。


最近よく思うのが
双極性障害で良かったと思うこと。

失礼な意味じゃなくて。
苦しんでる人いっぱいいるし、理解してるつもり。
私も今はまだもちろんツライ。

けど、この性格とかキャラクターみたいな病で、
最近愛らしい。というか、
やっぱり根っから「変わってる」を好む私としては
この非凡的な病で「変わってる」を見出している。

色々と調べていくと、
宮沢賢治とか太宰治とか夏目漱石とか、(手塚治虫?)とか、ミケランジェロゴッホチャイコフスキーゲーテリンカーン・・・
私の尊敬して病まない人達がみんな双極性障害だったと思われるというのを見て「一緒〜!」と嬉しくなってしまった。

昔から絵とか音楽とかそっち系が好きで得意だったし、文学も。創作が好きだった。
自慢じゃないけど(前置き)、絵を描けば賞取ってたし、作文コンクールとか常連、音楽も音大目指すほどそれなりだった。
勉強は上の学年に上がれるか否かのギリギリで完全に置いてけぼりだったけどね。
通信簿なんて笑える。
国語、音楽、美術、書道、体育、英会話は10
数学、化学、物理、日本史、世界史、英語はオール2 (笑) はは!

まぁ結局大学は日本文学部で、
初めて就いた仕事は企画して書く仕事、
その次の仕事も書く仕事、
そのその次の仕事(躁と思われる時)も企画の仕事。

何が言いたいかって、
クリエイティブの世界にいたわけですよね。

今グジグジしている仕事も一応、企画職なんだけれど。
薬を飲み始めて1年経った今(=離職期間)、
果たして創造的な事ができるのかどうか?ということ。
当初よりそれを懸念していたのだけれど、
薬を飲むとフラットになることがよくあって。
上からも下からも感情がグッとプレスされて、
喜怒哀楽なくヌボーっとしている感じ。
浮かぶものも浮かばず、そうなったらただ寝んねするしかないとね。
平凡過ぎているというか、
今まで自分にあった非凡生を取り戻したい欲求は常にある。
とは言え、そこまでぶっ飛んでたか?と言われたらそうでもないが。

今、上手い例が浮かばないんだけど、
多くの人は餃子に餃子のタレつけて食べるでしょ?
でもそこにラー油加えると更に美味しいでしょ?

今まで私はラー油だったんだけども、
タレになってしまったというか。。
それでも十分なんだけど、ラー油に戻りたいのよ。

というね。
双極性障害の人達は多分ラー油派なのよ。きっと。
まぁラー油もごく一般なのかもしれないけども。
↑の偉人様達はその上を行くかなー。
なんだろな?山椒とか?あえて何もない派とか?!

そんなこんなで双極性障害とはクリエイティブと密接であるし、上手くお付き合いできればきっとすごい事ができる気がする。←躁状態の場合だと思うけど。
だからよく躁の頃に戻りたいなーって思う。
でもバランスらしいね。何事も。
偉人様の時代に比べて医療も進んでるから、
当時より病に苦しまなくても良くなってるはずだけど、「生む」ことを業としてる人達は「生む」苦しみが必要なわけだし、「病」か「生む」どちらかの苦しみは襲ってくるから、どっちを取るかだね。
何もなくポンポン生めるスーパーな人もいるかもしれないけどねー。

うーん、だから私は肯定的に考えてこの病でほんの少しホッとしてるし、天才って言われるのも好きだし(笑)
もう少し減薬とかできてまたいろんな創造的なことをしていきたいと思ってる次第です。

あんまりよくわからん文章になってしまった。
今日は一段と指と画面の相性が悪し!